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精励 スッタニパータ 第2章10 331-334

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頑張れっていうお経です。スッタニパータ 小なる章の10番です。 日本テーラワーダ仏教協会 のポスターがあって、幡ヶ谷のゴータミー精舎に貼られていたものといま僕の部屋に貼っているものがあるのですが、それぞれにこのお経の一部が書かれています。 僕はこういうふうに励まされるのが好きなんですね、力が湧いてくる。怠け者だから…。 「おきなさい 坐りなさい 寝ていてどうなるのか。 煩悩の矢に刺されて苦しんでいる患者たる(汝ら)には 安眠がないでしょう」 「怠りは汚れである。怠りにつられると汚れがたまる。怠らないことと智慧によって、自分に刺さった矢を引き抜け」 中村元訳  ブッダのことば ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫) 中村 元 岩波書店 1958-01 売り上げランキング : 3054 331. 起てよ、坐れ。眠って汝らになんの益があろう。矢に射られて苦しみ悩んでいる者どもは、どうして眠られようか。 332. 起てよ、坐れ。平安を得るために、ひたすらに修行せよ。汝らが怠惰でありその[死王の」力に服したことを死王が知って、汝らを迷わしめることなかれ。 333. 神々も人間も、ものを欲しがり、執著にとらわれている。この執著を超えよ。わずかの時をも空しく過ごすことなかれ。時を空しく過ごした人は地獄に墜ちて悲しむからである。 334. 怠りは塵垢である。怠りに従って塵垢が積もる。つとめはげむことによって、また明知によって、自分にささった矢を抜け。

勝利の経 スッタニパータ 第1章11 193-206

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勝利の経は、 スッタニパータ(ブッダのことば) の蛇の章11番です。 以下、2つのバージョンを載せます。最初は、日本テーラワーダ仏教協会のもの、次が中村元先制の訳のもの。 [新装版]ブッダの日常読誦経典[完全版 CD BOOK] [新装版]ブッダの日常読誦経典[完全版 CD BOOK] アルボムッレ・スマナサーラ サンガ 2015-09-26 売り上げランキング : 275114 日常読誦経典に掲載されている補足: 自分の身体をあまりにも可愛がると修行が後退することになります。 身体を気にすることは執着です。執着を捨てるための実践を成功させるには「ありのままの身体を観察する」のです。お釈迦様の時代では修行者たちがこの経典を日夜唱えて、「身体のことが気になって修行に励めない」というこころのわだかまりを解いたのです。 解脱を体験しようとする戦いで勝利を得るための経典です。 193. 歩く、立つ、座る、横たわる、 伸ばす、縮む。身体の動きはこれだけです。 194. (この身体は)骨と腱で組み立て、肉と皮膚で舗装されている。 皮膚に隠れているのでありのままには観られない。 195. 身体は腸に充ち、胃に充ち、また、肝臓の塊・膀胱・心臓・肺臓・腎臓・脾臓があります。 196. (この身体には)鼻汁・唾液・汗・脂肪・血・関節液・胆汁・膏がある。 197. またその9つの孔からは、常に不浄物が流れ出る。 目からは目やに、耳からは耳垢、 198. 鼻からは鼻汁が出る。 口からはあるときは(食べたものを)吐く。 またあるときは胆汁を、あるときは痰を吐く。 全身からは汗と垢とを排泄する。 199. またその頭蓋骨の空室は脳髄に充ちている。 しかるに愚か者は無明に誘われて、 身体を清らかなものだと思いなす。 200. また身体が死んで横たわるとき、膨れて、青黒くなり、 墓場に棄てられる。親族もこれを顧みない。 201. 犬や野狐や狼や虫類がこれを喰らい、 烏や鷲やその他の生き物がこれを啄む。 202. ブッダのことばを聞いて、智慧ある修行者は、 この(身体の)ことを完全に了解する。あるがままにのみ観る。 203. <かの死んだ身も、この生きた身のごとく...

食べる瞑想のときに唱える文言

「食事の観察」 正覚者の説かれた真理を遵守し、正しく観察してこの食事をいただきます。 食事により心が汚れることを戒め、 体を痛めることにも注意し、 壊れてゆくこの肉体の修復のために、 量を計ってこの食事をいただきます。 一切の生命に対して慈しみの念をいだき、 釈尊の説かれた仏道を歩む目的を念頭に置いて、 一切の現象は無常であることを随念しつつ、 この食事を頂きます。 で、いたーだきーます、と食事を始めるとゆっくりと落ち着いて食事できまっす。

第4回 #tTMC のこと 2/23 平日瞑想会のお知らせ

テーラワーダ仏教の瞑想をされている皆様、こんにちは。 第4回の #tTMC についてお知らせです。今回は初の平日開催&今年初です。 #tTMC の基本的な情報については、 #tTMC : twitter Theravada Meditation Circle/Crossover 「Twitter テーラワーダ瞑想サークル/交差点」 のこと  をご参照ください。 それから、第3回のときにオリエンテーション的な文書も作っておきましたのでご確認下さい。内容は同じでいいかと思いますので。参加者によっては変わりますが、たたき台として。 慈悲の瞑想は「人々」を「生命」に置き換えて下さい。 https://drive.google.com/file/d/0B5tsofY2ftmeNC1Pa3kzTkRiM0E/view 前回のこと 第3回 はクリスマスにもかかわらず、7名の方が集まっていただき、マハーシ式を中心に、 ゴエンカ さんの方式で実践をしてみたりしました。これまでに比べると、より、修行チックな時間で、個人的には楽しかったです。45分ほど座る瞑想したりね。 もちろん指導できるお坊さんの集まりではないので、試供品程度の、ひとくちかじる程度の話ではあります。が、いろんなタイプの瞑想を軽く試してみる場にはなれるかと思います。そうすることで、どんな瞑想が向いているかを実地で確認できるかもしれません。またその実感をもとに、初心者指導に出向いたり、法話を聞きにいったり、といったステップを踏んでいくことも可能になるかと思います。そういう最初の一歩になればいいなーと思います。 何より、一人で進む道である仏道にも道連れはいるのだと思えるのは、なかなかいいと思います。仲間ですね。一人だけど仲間がいます。 1. 日時: 2017/2/23 木曜日 13時から17時 2. 場所: 京橋区民館 (東京都中央区京橋2-6-7) 最初から参加される方は、待ち合わせは現地の入り口当たりで、12時50分くらいを目安に。わからなかったら、080-5519-0886 までご連絡を。  ※何時に来ていただいてもOKです。 京橋区民館  http://chuo7kuminkan.com/about/kyobashi.html ...

#tTMC 第3回のドキュメント

を作りましたので、御覧ください。 第3回 #tTMC クリスマス瞑想会のこと

第3回 #tTMC のこと クリスマス瞑想会のお知らせ

テーラワーダ仏教の瞑想をされている皆様、こんにちは。 第3回の #tTMC について書きます。今回はクリスマスに開催しますので、「クリスマス瞑想会」としました。 #tTMC の基本的な情報については、 #tTMC : twitter Theravada Meditation Circle/Crossover 「Twitter テーラワーダ瞑想サークル/交差点」 のこと  をご参照ください。 前回のこと 第2回 は9名もの方が集まっていただき、 チャルーンサティ(Youtubeの動画:音が出ます) を教えてもらえたり、 ゴエンカ さんのヴィパッサナーの話や パオ森林僧院のマハーカルナー禅師 の話がきけるなど、様々な瞑想の情報が得られ、体験もできる場になりました。 もちろん指導できるお坊さんの集まりではないので、試供品程度の、ひとくちかじる程度の話ではありますが、いろんなタイプの瞑想を軽く試してみる場にはなれるかと思います。そうすることで、どんな瞑想が向いているかを実地で確認できるかもしれません。またその実感をもとに、初心者指導に出向いたり、法話を聞きにいったり、といったステップを踏んでいくことも可能になるかと思います。そういう最初の一歩になればいいなーと思います。 1. 日時: 2016/12/25 日曜日 13時から17時 2. 場所: 京橋区民館 (東京都中央区京橋2-6-7) 最初から参加される方は、待ち合わせは現地の入り口当たりで、12時50分くらいを目安に。わからなかったら、080-5519-0886 までご連絡を。  ※何時に来ていただいてもOKです。 京橋区民館  http://chuo7kuminkan.com/about/kyobashi.html 3. 注意事項: 服装 緩い恰好で。 瞑想するのに可能な緩い恰好でおいでください。スキニージーンズやミニスカートとかだとちょっとつらいことになるかと思います。特に後者では僕の目が離せなくなってしまいます。 屋内なので、基本的には寒くないと思います。 持ち物は、各自適当にお願いいたします。 場所代が発生するのでお気持ちでお布施願います。余ったら日本テーラワーダ仏教協会はじめ、色んなテーラワーダの団体に寄付したいと思っています。一応財布...

施捨の随念

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施捨の隨念とは、40あるサマタ瞑想の一つです。サマタ瞑想というのは、瞑想という言葉でイメージするあの瞑想っぽいです。つまりある対象を念じ、集中し、集中力を極限まで高めて、神秘的な感覚に至るような。ああいう瞑想。 (このブログではあまりサマタ瞑想は取上げてませんが、一応以下のような記事があります。ご参考まで。  サマタ瞑想の分類・禅定に達するか・どのような智慧を得られるか ) で、この施捨随念は何か良いこと、チャリティとかそういうことをしたときにします。というか、この随念をすると、さらに気分良くなれます。 よいことというのは、お寺へのお布施とかに限らず、電車で席を譲ったとか、国境なき医師団に寄付したとか、ホームレスの人に千円上げたとか、道を教えるのに付き合ってあげたとか、何でもよいと思います。何か、自分のものや労力を、見返りを求めることなく分け与えたときに。偽善かどうかとか一切考えず、分け与えた瞬間に、すでに善いことをしています。 意外と仏教は、自分の気分をよくしますね。 私もよく、これを唱えています。 日本語としては若干こなれていないので、好きにアレンジしていいと思います。自らのうちの、自我を削り取る、薄くする実践を確認するという作業かなと思います。 こちらに載っています。サマタ瞑想を知りたい方はお買い求めください。 ブッダの実践心理学―アビダンマ講義シリーズ〈第7巻〉瞑想と悟りの分析1 アルボムッレ・スマナサーラ 藤本 晃 サンガ 2012-10-23 売り上げランキング : 202500 Amazonで詳しく見る by G-Tools 施捨随念 これは私にとっては得です。確かに大得です。 衆生の心が「物惜しみ・ケチ」という汚れに抑えられているのに、 私は物惜しみ・ケチの汚れに染まらないで、在家生活をしている。 私の心は施捨に開かれている。施しの手を差し伸べている。 譲るのが好きです。頼りにされる性格です。 与えて分け合うことを喜びとします。